山歩き ⑤ 愛宕山 924m 2008.12.15(月)

その山は、晴れた日に窓を開けるとよく見えていた。そして、登ったのは梅雨明け頃だったと思うのだが、晴れた土曜日か日曜日であった事は確かである。記憶が曖昧なのはアルツハイマーが進行したからではなく、何せ24年前のとても蒸し暑い京都で、いつも頭がボーとしていたからだったに違いない。
どうしてその山に登ろうと思ったかは、その年の3月に結成した山岳会の夏合宿が、8月に南アルプスの北岳で行うと、遠く東の都から連絡が入ったからだ。
『北岳かー。日本で2番目に高い山かー。テント泊で、真夏の縦走だって。でもなー、この3ヶ月間は一人ぽっちだったから、その山の麓の清滝の遊歩道脇にある小石でボルダリングしかしてないし、山なんて歩けるのかなー』と考えると、『今度の休みにボッカ訓練をしないといけないよ』と、もう一人の自分が呟いたのだった。
『山か、山ならいつも見えている山を歩けばいいな。ボッカならやっぱり30kgは必要なんだろう』と、前日に空のペットボトル数本に水道水を入れ、後は重そう物、たぶんダンベルやクライミング用具などをザックに詰め、体重計で30kgを確認までもするなんて。なんて無謀な、若気の至りと言うやつでしょうか。
案の定、部屋からバス停までは100m程の距離なのに、辛いのなんのって。でも、当時は若かったんでしょうね。溢れ出る汗でビショビショになったTシャツを何度も絞りながら登り切り、下りも数kgだけ軽くなっただけのザックを背負っての京都初登山となったのでした。

今回は、その同じ山、京都市の最高峰であり、京都市民に最も親しまれていると言われる愛宕山を、24年ぶりに登ってきました。

愛宕山 002朝6時に自宅を出発。先ずはUさんを拾い、そして、名神高速の岐阜羽島ICで途中下車をし、K先生を拾って、また名神高速に乗り直し、京都へ向かった。紅葉シーズンは終わったらしく快調に走り、京都南ICで降りた。
ちょっと道を間違えたが、カーナビに導かれるままに嵯峨野の観光地の細い道に入り込んだ。あれ、いいのかなと思いながらも一方通行の道だったのでそのまま走ると、突然

見覚えのあるトンネルが現れた。そして、信号待ちの後、トンネルを抜けると清滝に到着した。

愛宕山 007駐車場の向かいの橋を渡ると愛宕神社参詣表登山道の大きな看板があった。その矢印の方向に歩いて行くと鳥居があり、山歩きの開始となりました。
鳥居をくぐると、直ぐ脇の家の壁に温度計が掛かっており、見ると7℃だった。そして、登り始めはやや急な登山道だったが、石や木で階段となっており段差もあまり大きくないので、やはり神社の表参道そのものの様である。

そして、30分程歩くと休憩所があり、小休止をすることになった。そして、すぐ横には茶屋跡の案内板が立っており、宿泊が出来たとある。こんな登り口から近いところで泊まったなんて何とも不思議だ。

愛宕山 021とても歩きやすい道だ。それと、登り口からどれだけ登ってきたかの表示板が嵯峨野消防団によって立てられているので、現在地点が分かりやすい。
先ほどの休憩所から2つ目にあたる7合目の休憩所でまた小休止となった。この休憩所の正面は開けた所で、京都の市街地がよく見渡され、展望台となっていた。
私はUさんから借りた双眼鏡で渡月橋を確認したのだが

K先生は肉眼でもよく見えているらしく、視力検査で2.0はよく見えるらしいのだが、いったいどれだけあるんだろうか。

愛宕山 04338/40まで来た。山頂付近にある神社を近くに感んじられる雰囲気が漂っている。石段を登って行くと、高校生らしき一団が下りて来た。何かの部活なのか、でも、皆おしゃべりをしながらバラバラに歩いているので、トレーニングでもなさそうだ。
40/40を通過した。
そして、私一人だけ少し早く神社の境内に到着した。一部ぬかるんだ所があり、靴で踏むと氷が割れた。

そのまま進むと、右に三角点の道標があり、正面が石段になっていた。どうも本殿が山頂らしい。
24年前に来た時は境内までだったと思うのだが、今回は山頂まで行きたかったので、3人で石段を登り切ると左に社務所、右に休憩所があり、そして、10m程先に本殿が見えた。12時半、到着。
約2時間の登りで、ここの気温は2℃だった。
お参りをした後、休憩所に入ると薪ストーブがあり、とっても暖かい。そして、Uさんが黄色のバナナケースから1本のバナナを出すと、そこにいた人達からいろいろな質問をされ、『つぶれないし、ほとんどの大きさのバナナが入るからいいですよ』と答えていた。
暫く休憩した後、外に出ると寒い。いったん暖かい所で体が温まってしまったので余計に寒く感じるらしい。
ゆっくりと下り、7合目の展望台から再度京都の市街地を見ると、午後になって太陽の角度が変り、登りの時よりもはっきりと見えた。
そして、登りの時に最初に休んだ休憩所でも小休止をし、1時間半位で清滝の駐車場に到着した。

愛宕山 061冬の京都と言えば湯どうふ。
2km程の距離にある観光名所でもある渡月橋に向けてまたトンネルを抜けた。観光客で混雑する嵯峨野のメイン道路を走り、渡月橋のすぐ脇にある土産物屋さんの駐車場に車を止めた。もうすっかり紅葉は終わっているが、平日にもかかわらず多くの観光客の人がいて驚いた。
それにしても24年前とはすっかり変ってしまった。当時は渡月橋の周りに、春や秋の

観光シーズンは人がいたが、それ以外はそれ程人もいなかったし、それに店だって数軒だけだったのだ。
だって、この混雑している道から入ってすぐの所で、当時は新築のアパートに1年間住んでいた訳ですから。

愛宕山 068ともあれ、湯どうふを食べ、嵯峨野の竹林を見て、お土産を買うという観光客になりきり、日が傾き始めた頃、渡月橋を後にしたのです。











登り2時間、下り1時間半ということは合計で3時間半。山歩き再開となった大菩薩嶺と同じではないですか。まったくもって偶然ですね。

これで今年の山歩きは終了です。

次回は、来年の雪解けの奥多摩からになるのかなと考えています。


  1. 2008/12/28(日) 17:15:16|
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山歩き ④ 谷川岳 1977m 2008.8.31(日)夜発~9.1(月)

谷川岳は群馬県と新潟県の県境にある。初めて行ったのは山登りを始めた25年前の秋。
当時は大学生で東京に住んでいた。アウトドアとは無縁の学生生活を花の都で謳歌していたのだが、ある日突然、山に目覚めた。周りの同級生からはどうしてお前が山なんてと言われたが、一人で週末ともなると山へ向かった。そして奥多摩、八ヶ岳、穂高、槍ヶ岳と登り、『魔の山、谷川岳』と噂される谷川岳に行こうと思ったのだった。
それからは、山、雪、岩、そしてインドアクライミングの25年と、山とは銀婚式を迎えるまでとなってしまったようだ。
昨年、新たな山岳会活動を再開するに際し、紹介者のUさんと、来年は谷川岳との約束通り8月最終日の日曜日、キューブの閉店後に谷川岳へ向かったのです。

いつもの閉店時間を1時間早め、午後7時、Uさんと出発した。なにせキューブから谷川岳の一の倉沢出合の駐車場までは420㌔あり、カーナビの到着予定時刻は午前2時10分となっている。
都市高速線から入り、中央道、長野道、上信越道、関越道と乗り継ぎ水上インターチェンジで降りた。到着予定時刻を短縮すべく、かなり頑張って運転したため、まだ12時過ぎである。インターチェンジを降りると暗くて寂しい所だ。たぶんコンビニはあるであろうと、お酒は買ってないので心配となるが、少し走るとコンビニがあり寝酒を買う事に成功し、事なきを得た。
さて後は一の倉の出合を目指せばいい。温泉街を抜けるとJR上越線の土合駅の明かりが見えた。横目に見ながらそのまま進み、国道とは思えない道を走ると1台の車とすれ違った。そして暫く走ると行き止まりとなり、一の倉沢出合の駐車場に到着した。
以前に来た時は金曜日の深夜だったので、いつも多くの車が止まっている事が多く、今回も他の人の車はあるものと思っていたのだが、1台の車も止まっていない。とりあえず駐車場に車を入れるとUさんが、土合駅を過ぎたあたりから何かを感じると言うではないか。そんなー、恐ろしい事を。こんな真っ暗な所で寝るなんて当然無理と意見が一致。すぐにUターンし、明かりのあった土合駅前の駐車場に行くと、3台の車が止まっていた。午前0時50分到着。その後、寝酒を飲み、1時20分頃寝付いた。

目覚めると5時過ぎだった。軽く食べてから一の倉沢の出合に向かう。
そして少し車を走らすと手前のマチガ沢に到着した。初めてのUさんは、凄ーいと写真を撮り始めるが一の倉はこんなもんじゃないですよと促し、一の倉沢へ向かった。

IMG_1038.jpg一の倉沢出合に到着。凄い。
22年ぶりに見る一の倉沢の岩壁は、こんなに近くに迫っていたのかと圧倒された。
そして雲一つない快晴の空の下、朝日に照らされた岸壁を見るにつけ、歩く事以上にこの岸壁を見る事を楽しみにしていた今回の山行は、申し分のない始まりとなったのだ。
それと、岩壁同様 ここにある公衆トイレの立派さにも驚かされた。
写真を撮ったりしていると6時

前になったので、歩く予定になっているマチガ沢にある登山道の巌剛新道に向けて車で移動した。

IMG_1037.jpgマチガ沢出合に到着した。道路脇にある駐車スペースに車を止め、歩く準備をする。
巌剛新道の登り口は、道路の向かい側にあった。登山道はマチガ沢のすぐ左の斜面にあり、予定時間の6時より僅かに遅れて出発し中に入ると、このところの雨の影響か水が流れているので、足を滑らさないように注意をして歩き始めた。
暫く歩くと水の流れも無くなり、登山道の猛々しい名前と

は裏腹にとても歩きやすい道である。しかし早朝の弱いUさんは、ちょっと調子が出ないようで苦しそうだ。

IMG_1040.jpgそして50分程歩くと第1見晴らしに到着し、小休止となった。
下から見えていたマチガ沢の雪渓とほぼ同じ高さまで登ったらしく、スノーブリッジの崩壊もよく見える。
今日は天気も良く、見ての通りの青空である。
しかし、この登山道は樹林帯にあり日差しが遮られ暑くない。そして、これまでの山歩きで散々不快にさせられた虫が、ここの登山道にはほとんどいない。
これらの好条件が揃い、朝型人間の私は午前中は元気なので、マチガ沢を見ながらの山歩きは楽しいものとなった。
休憩後、暫く歩くと足場が悪い場所があり、上にあった小さな木の枝を掴み、一段上がると岩が出て来た。ここからは所々に鎖が付いている岩場を登って行くと、開けた尾根に出た。
立派なケルンがあり、ガレ沢の頭とある。

西黒尾根に出たようだ。このコルはとても眺望が良い。向かい側にはロープーウェイの駅が見え、今登って来た方を見ると、一の倉沢の岸壁の展望台でもある白毛門の頂や一の倉岳から続く稜線には非難小屋まで見る事が出来た。

IMG_1042.jpgしかし、これから進む山頂の方向にはガスが掛かっている。
小休止の後は、目の前に見える急な西黒尾根の登りとなった。
ここからの西黒尾根は岩の上に真新しい黄色のペンキの横線を目印に歩いて行くが、皆が踏んで黒くなった岩の所は靴底で磨かれツルツルだ。滑らないように注意しながら歩いて行くと、登山道の左側に傾斜の無い大きなスラブの1枚岩があり、あたかもそこを登って来た様なヤラセ写真をUさんが撮ってくれた。
もうかなり登って来た様だ。周りにはガスが出て、遠くの景色は霞がかかりぼんやりとしている。そしてザンゲ岩に到着すると、完全にガスの中に入ったらしく視界が悪くなった。
しかし、歩くのに支障が出る程ではなく、暫く歩くと四ノ沢の頭の道標があった。
そして、稜線の右側のマチガ沢を覗くと急な斜面となっており、こんな所を登るなんて命懸け

だなあと思い、最近とっても臆病となった自分を確認したのだった。

2008.9.1 谷川岳 081ガスで視界が悪いが、左側に笹原が広がる緩斜面に出た。そして少し歩くとヨーロッパアルプスにあるらしい立派な道標と出合い、そこから数分登ると谷川岳の2つの頂上の1つであるトマの耳に到着した。やはりガスで視界が悪く、遠くの景色は見えない。記念写真を撮ってから、ここより14mだけ高い1977mのオキの耳に向かった。
少し下りまた登り返すと谷川岳山頂オキの耳と書かれた

立派な木製の山頂表示が建っていた。トマの耳が山頂だと思っていたが、どうも高い方が山頂らしい。当然か。
今回の山行計画では、ここから一の倉岳まで行き中芝新道を歩いて堅炭尾根から裏側に下り、芝倉沢の出合から幽ノ沢出合そして一の倉沢の出合に戻るという周回コースの予定であった。
しかし、ガスっていて展望も無く、それと堅炭尾根からの下りの斜面は急であまり手で掴む物も無かった様に以前、幽ノ沢中央壁を登った時の記憶があったので、雨でも降り出すと危険なので一の倉岳へ行くのは止める事になった。
しかし、少しだけでも一の倉沢の岸壁を覗けないものかと奥の院の先まで行ってみたが、やはりガスで見えない。残念だが引き返すとオキの耳には大勢の人がいた。どうもロープーウェイを使って登って来た人らしく、下りは我々もロープーウェイを使うことにした。

2008.9.1 谷川岳 120数年前に新しく建て替えられた山頂小屋を見学した後、ロープウェイの天神平駅に向けて歩き出した。
すると登山道はガラガラの石の斜面で、歩きやすいようにと階段状に作られていた。またしても下りが石の階段かと、散々ボヤキながら下ると大勢の人が登ってくる。山の場合は概ね登りが優先なので、団体の方と出くわすとかなり待たないといけなくなってしまう。途中、熊穴沢非難小屋で小休憩した後、12時過ぎ天神平駅に到着した。
休憩もそこそこにロープーウェイに乗ると真横に西黒尾根が見え、やはり山頂部分はガスが掛かっていた。膝が悪いので、下りはロープーウェイに限るねとUさんと話し10分ほどで土合口駅に到着した。ロープーウェイも立派ならこの建物も立派である。
そして、車が置いてあるマチガ沢に向けて道路を歩き出すとすぐに谷川岳山岳資料館があ

り入ると、古い山の装備や岩の写真そして古い書物の展示があり、私が一番目を引いたのが東京緑山岳会指定のザックだ。小学生が持つような小さなナップザックで、説明では冬山から遭難者の救助活動をこれ1つでやったとある。鉄の時代と呼ばれた頃だろうか。

そして、午後1時頃マチガ沢に到着し今回の山歩きは終了しました。

2008.9.1 谷川岳 126先ほどの山岳資料館で聞いた温泉に向かう途中、谷川岳で遭難した人の慰霊碑に立ち寄り遭難者の名前を見ると、昭和6年から書かれた人の総数は、昨年までに785名を数える様だ。そして、余白がたくさん用意されているこの石盤は、人生の諸行無常を感じさせてくれるのであった。
さて温泉は谷川岳なので、やっぱり谷川温泉と自然に決まり向かった。この辺りは温泉が多く、湯檜曽温泉を通り過ぎ、水上温泉を横目に水上インターチェンジ方面から少し右に入ると教えて貰った温泉に到着した。
前回の常念岳の時にも書いた様に、なにせ超せっかちな性格なので風呂はカラスの行水なのだ。それにこのところ体が燃える様に熱いので湯船に長く入っていようものなら風呂上りには滝のような汗となるのである。しかし今回入った山岳会では山の後は温泉のシキタリがある様なのでそれに従わなくてはならない。

さてと温泉で汗も流したし、いよいよ名古屋へ向けて400㌔余りの運転の開始です。
200㌔位走ると長野道の豊科インターを通過した。まてよ、前回の常念岳の時はここから高速に乗ったんだよなー、まだ半分かー、遠いなーと呟きながら走り続ける。そして岐阜県の恵那の手前まで来ると突然ゲリラ雨の襲来を受け、前が見えない程の強い雨が車のフロントガラスを叩きつける。ちょうど恵那峡サービスエリアがあったので、休憩がてら入り強い雨の通過を待つことにした。暫くすると雨が小降りになったのでまた走り出すと、先程のゲリラ雨に追いついてしまったらしくまたしても強い雨。
しかし、今度は一気に突っ切ることに成功した。

午後8時キューブの駐車場に到着。

前夜発で谷川岳。それもキューブの営業が終わってからの往復とは、我ながら元気だなと思っています。

眠気にも負けず、ゲリラ雨にも負けず、雷にも重荷にも負けぬ体をもち、欲が無いわけでは無く決して怒らなくは無いけれど静かに笑っていたいものだ。



  1. 2008/09/22(月) 19:36:28|
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山歩き ③ 常念岳 2857 m 〈北アルプス) 2008.8.4(月)~5(火)

10年ぶりの北アルプスに行ってきました。まあ何処を登っても10年ぶり以上にはなるのですが、今回は初めての常念岳です。
キューブの営業が終わり,帰宅後いつもの本日のキューブの更新をさっさと片付け、シャワーを浴びて自宅を出発したのが午後10時過ぎ。中央道から長野道を走り、豊科インターで降りて一の沢登山口の駐車場に到着したのが午前2時12分でした。それにしてもカーナビは便利ですね。真っ暗な山道でも迷う事なく目的地に導てくれるので運転していて安心です。
さて、駐車場には車が数台止まっているが,人の気配を感じない。真っ暗な夜空には星だけが瞬いている。前々回の木曽駒ヶ岳以来、こんなところで一人でいるのは何か出そうで気味が悪い。しかし途中のコンビニで買った缶チュウハイを飲むと、疲れからか寝てしまったようだ。

そして人の気配で目覚めると5時20分である。すぐに食料などをザックに入れ、駐車場から林道を歩き始め、登山口には6時ちょうどに到着した。
さて山歩きの開始です。しかし、今回はテント泊の予定なので装備が重い。Uさんとの合流が常念小屋に11時なので、こんな重いザックを背負って本当に着けるのか不安になる。歩き出すと案の定キツイ。重荷が肩と腰に辛く、3時間弱の睡眠時間なので頭がクラクラする。死ぬよこれと呟きながら歩いていると暫くして雨が降り出した。そして樹林帯の中を2時間程歩くと開けた烏帽子沢出合に到着した。すると2度目の雷鳴と同時に雨が強くなったので、カッパを着て歩く事になってしまった。ここの道標には常念小屋2時間となっている。小休止の後,少しでも楽な様にと雨が止んではカッパを脱ぎ、降り出すとまた着る事を2度3度繰り返すと稜線に出た。時計を見ると9時45分で,思っていたよりかなり早く到着した。Uさんとの待ち合わせの時間には1時間程あったので小屋の周りをブラブラしているとまた雨が降り出した。雨宿りのため常念小屋に入りコーヒーを注文するとUさんが小屋に入ってきた。Uさんは前日に一人で燕山荘まで登り、今日の6時からテント泊の装備を背負って雨の中を5時間掛けてやってきたのです。
これからの予定は常念岳をピストンし、それからUさんが歩いてきた道を戻り大天荘にテント泊なのだが、それにしても強い雨が降っている。どうしたものかと思い小屋のお兄さんに今後の天気の見通しを尋ねると、朝の予報では夕方にかけて雨との事。もうこれから歩くのは無理と判断し、この雨だとテントを張るのも大変なので小屋に泊まる事にした。行動が無くなったと言う事は、ビールの解禁を意味している。さっそく荷物を部屋に置き、苦労して担ぎ上げたサントリービールのプレミアムで乾杯。
しかし、1本目を飲み終わる頃には雨も上がってしまった。明日の行動を考えると、今日中に常念岳を登っておいた方が良いとの判断で、登る事にした。

2008 常念岳 179不安定に積み重なった石の上を歩き、小屋からは見えない常念岳の山頂に午後2時頃到着した。
穂高から槍ケ岳は雲が多くほとんど見えない。時々雲の間から見えた岩壁は屏風岩かなと言い、山頂付近だけが,やたらと虫が多いので記念写真を撮ってすぐに下った。
3時頃小屋に到着すると、さっきまでの雨がウソの様に青空となったので、2本目3本目のビールは外のベンチで飲む。

この後,夕飯は立派な自炊室でシーフード炒飯を作り、荷上げたビールが無くなったので,Uさんが生ビールのジョッキーをご馳走してくれた。

2008 常念岳 199食事が終わったので、また外のベンチに行くと、日没と共に雲がとれ槍の穂先が現れた。大撮影大会となり槍ヶ岳も誇らしげに見える。
されど、見事に尖った円錐形は、何ゆえ皆を魅了するのであろうか。
ともあれ2杯目の生ビールも飲み干してしまったので小屋に戻り、暑くて眠れない長ーい夜をこの後、経験するのであった。


物音で目覚めた。時計を見ると4時20分。どうも寝ていたらしく、定員12名と書かれた部屋の他の5人はすでに起きている様で、身支度をしている。
なにせ昨晩は午後8時頃に寝付いたと思うのだが、暑いなーと目覚めるとまだ10時だったのだ。暫くの間我慢をして横になっていたが、こんなに暑いところでこれから6時間も寝ていなければならないなんて拷問だよと思い、頭の上にある、当然網戸の無い窓を開けてみた。さすがに夜になると気温も下がり涼しい空気が入って来た。しかし、私以外の5名の人には寒く感じるかも知れないと思い、少し閉め直し、僅かな隙間にして我慢する事にしたのでした。

予定通り5時に小屋を出た。少しガスっていて肌寒く、上着を着て大天井岳に向けて歩き出す。すぐに横通岳の登りになった。しかし、虫も暑い下界から避暑にやって来たのか非常に多い。横通岳は山頂に行かず巻き道で左に回りこむと樹林帯が終わり稜線となり展望が開けた。常念岳や雲に隠れた穂高の山頂部、これから進む東大天井岳などが見え、とても景色がいい。稜線の西側だと風が涼しく虫もいないので快適だ。ここで軽い朝食とコーヒータイムとなった。休憩後、歩き出し東大天井岳の登りにかかるとまたしても沢山の虫が寄ってきた。まったく不快だ。
お花畑を過ぎて暫く歩くと,東大天井岳の山頂の直ぐ下の登山道には雪渓が残っており、常念岳をバックに記念写真を撮る。そして、ここから登山道が右に回りこむため常念岳の姿は見えなくなってしまった。それにしても、穂高や槍ヶ岳の山頂部分には雲があるのでちょっと残念ではあるが、穂高&槍を眺めながらの観光コースであろう稜線の登山道は、天気も良く十分に夏山縦走を楽のしませてくれている。
2度目の休憩後、大天井岳の登りにかかると暫くして昨日泊まる予定だった大天荘の小屋に8時頃到着した。

2008 常念岳 227小屋のすぐ横にあるベンチに荷物を置き、僅かな距離にある大天井岳のピークまで行き記念写真を撮る。そして小屋まで戻り外にあったトイレを借りたのだが、今どきの山小屋って、小屋はもちろんトイレが綺麗なのにはビックリです。10年前からでは想像できないですね。まあ、アウトドアをしない人にはそれでも不満なのでしょうが。
さて、ここからは燕岳(つばくろだけ)への稜線が眼下に見える。まずは槍ヶ岳への登山道で表銀座と呼ばれる喜作新道を拓いた喜作さんのレリーフがある鞍部に向けて一気に下りが始まる。でも膝が悪いので、このところ下りはすっかり苦手になってしまった。今回は荷物が重いので尚更である。さすがに北アルプスの観光コースだけあり若い人も目立ち、大学のワンゲル部やガイド登山グループらしき人達で、平日にもかかわらず多くの人が登って来る。そのため喜作レリーフまでは道が狭く、足

場の不安定な所もあり時間がかかった。そして、レリーフの向かい側にあるハシゴを上るとその後は,小さなアップダウンを繰り返すと燕岳の手前にある燕山荘に11時30分頃到着した。

2008 常念岳 247ああ,とっても疲れた。すると燕山荘名物のイチゴミルクをUさんが買ってきてくれた。
冷凍した甘いイチゴをミルクに入れたもので凍って固まっているイチゴをつぶしながら飲むらしい。でも超せっかちな私にそんな芸当は出来ない。ほとんどを口の中でつぶして飲み干してしまった。
それにしてもUさんは元気だ。燕岳へは片道30分位だから行こうと言う。でもここからは合戦尾根の急な下りだ。

私は膝が心配なので辞退させてもらうと、あっさりUさんも下る事に同意してくれた。12時過ぎ、売店で水分補給し下りにかかった。すると、歩きやすい様にと木で段を作り、きれいな階段に登山道がなっている。これは膝が悪い者にとって自由に歩幅がとれないのでかえって辛いのだ。

2008 常念岳 25930分程下ると合戦小屋に到着した。大勢の人が休憩をしている。
ここの小屋は売店で,軽食と飲み物だけだ。私は知らなかったのだが、ここに来る人の目当てはスイカ。特に登りの人は、このスイカを食べる事を楽しみに苦しい登りを頑張るらしい。
そして、一服してからスイカを頼むと、
えー、『無くなった』 だってー。
Uさんには昨日から合戦小屋

でスイカが食べられるからと聞かされていたので、2人して唖然。仕方が無い、無いものは無い。
暫く休んでいると、『今、少しだけスイカが上がってきました。でもまだ冷えてません。数には限りがあります。』 とお兄さんが言うではないか。いったん諦めたので、冷えてないしどうしようかと悩んだものの、せっかくだからと食べる事にした。8分の1の一切れを半分に切ってもらい食べると、甘くて美味しかった。
そして、また下り出すと、登って来る人に、スイカはありましたかと尋ねられた。先ほどの状況を話し、もう無いかも知れませんよと答えたのだった。そうしてまた下って行くと、第2ベンチ、第1ベンチがあり、そのつど立派な木のベンチの座り心地を確かめ、小雨が降り出した午後2時半、登山口の中房温泉に到着した。

山歩き復帰5回目の今回は、テント泊の予定で荷物も重く、特に初日の登り始めは本当に辛かった。
それと前回同様に2500mを越す高さにもかかわらず虫が多い事にも驚きました。これも温暖化による影響なのでしょうか。しかし、目標通り常念岳の山頂を踏む事が出来、また正しくこれぞ夏の北アルプスという眺望を満喫出来た事に満足しています。
  1. 2008/09/04(木) 20:24:15|
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山歩き ② 木曽駒ヶ岳 2956m (中央アルプス) 2008.7.7 (月)

先月の6月から復活した山歩きは、今回で4回目となり、1週間前と同じ木曽駒ヶ岳の上松道を歩いて来ました。どうして2週続けて同じ山へ向かったのかと言うと、
前回は夕方までに帰宅しないといけないため、登山口が分からず1時間余りもウロウロしていたこともあり7合目で引き返す事にしたのです。そして膝が痛み始めた3合目を過ぎた辺りで、目の前の登山道の中央に缶ビールが立っているのを発見。誰なんだこんな所に空き缶を捨てるなんてと思い、足で道の淵に移動させたのです。そしてまた下り始めたのですが、
『あれーでも今日は誰にも会って無いなー、それにあのビールの空き缶は、アサヒの古いデザインでスーパードライが出る前の物だったし、なおかつそんなに古そうでもなかったなー』と考え始めると急に気味が悪くなり、薄暗いヒノキ林を振り返りながら膝の痛みも忘れ急ぎ足で下ったのでした。そして石仏が祭ってある社を過ぎ、もうすぐ敬神の滝という所で突然背中から倒れたのです。とうとう出たのかと思っての下山となったのでした。
そんな事でこの謎を解くため再度行くしかないと考え、今回は1人では怖いので強力な助っ人のUさんに同行をお願いしたのです。

IMG_0598.jpg予定より少し遅れて出発。そして、先週は見落とした本来の木曽駒ヶ岳・上松Aコースの登山口に7時20分頃到着した。
こんな登山口ってあるんですね。写真撮影だけにして、前回と同じここから少し行った所にある砂防公園に車を止め歩き出したのです。






IMG_0599.jpg舗装してある林道を15分程歩くと敬神の滝山荘に到着した。1台の松本ナンバーの車が止まっている。小屋の人のかと思ったが小屋は無人の様な感じである。まあ2階で寝てるのかと思い、前回数箇所も虫に刺されたので虫除けスプレーをして歩き始めた。ここは滝からの水が流れ、鬱蒼とした木々に囲まれているので苔むした石や木の根が滑りやすい。注意を払い石伝いに流れを渉り、登りにかかる。
この辺りで前回倒れたのかと考え、暫く歩くと社に到着。無事帰って来れます様にと手を合わす。
ヒノキ林の中を歩き、空き缶を見ないまま3合目に到着した。やはり前回同様に登りでは見えないものと判断する。

IMG_0606.jpg7合目までは先週来ているので様子が分かり楽勝だ。そして40分程で8合目に到着すると、30歳前後だろうか男2人女1人の3人組と出くわした。そして話をすると、地元の中学校で来週行う登山の下見に来た先生だと分かった。私も先週に続いてここに来た理由を説明して先に出発した。
しばらく歩くと、木曽前岳に登るのと、登らずに巻く夏道との分岐に出た。当然楽そうな夏道を行くと、見頃には少し早いと思われるお花畑と雪渓に出合い、だんだんアルペンムードが漂い始めた。そしてハイマツと花崗岩だけとなった登山道を歩くと9合目に到着した。すると、ガスが切れ始め山頂付近が見えて来た。こんな風景を見るのは10年振りだ。ここ9合目は、木曽駒ヶ岳と木曽前岳との鞍部になり、ここに建つ玉ノ窪山荘でトイレを借りて管理人の人と少し話をしてから山頂へ向かった。

IMG_0609.jpg30分程歩くと9合目から見えていた山頂小屋に到着し、一服していると雨が降って来た。カッパを着て歩き出すと今度は雷が鳴り出した。こんな所で嫌だなと思うが山頂はすぐそこだろうと思い、早足で行くと山頂らしき風景が目の前に現れた。少し遅れてUさんも到着し、記念写真を撮ってすぐに下り始めた。やはり下りは早く15分程で玉ノ窪山荘に到着し中に入ると、8合目で会った3人組みの人がいた。そしてテーブルを見ると、なんとアサヒビールのスーパードライがあるではないか。思わず、最新のアサヒですねと言うと、その中の1人から、最新ではないですけどねと返事が返ってきた。その後Uさんが飲み物を買い、小屋の管理人の人に雷の進路を聞くと、木曽前岳の方で鳴っていると、ここを通過する事が多いと言われた。でもそれって今鳴っている方向ですよと言い、まだ雷の直下ではなさそうなのですぐに出発した。
心配された雷は不気味な轟きだけで我々に近づく事なく、5合目辺りでは雨も上がった。ここにある避難小屋の金懸小屋で膝にテーピングをしたが、もう2時間程下っているので痛み始めている。上の小屋でしたかったのだが、下りを急いだので仕方が無い。どうも登る前にしないといけないらしい。
さて、十分に痛がる膝だが、とうとう3合目まで下って来ました。今日のメインテーマである『空き缶拾い』の始まりです。この辺りかなと思って下の方を見ると、あれは缶?やっぱり!と心のなかで呟く。近づくと無い。根っこと葉っぱだ。あれは?これも根っこか。とうとう空き缶を見つける事は出来ないまま敬神ノ滝の上にある社に到着。無事帰って来れた事を感謝し、お礼を言った後、濡れた最後の登山道を注意しながら下り、17時15分敬神ノ滝山荘に到着したのでした。

今回の山行計画書に書かれた目的は、長時間歩行のトレーニングと空き缶拾いだったのですが、1つ目は、登り6時間下り4時間で10時間の行動時間。約10年振りのアルプスなのでよく歩いた方かなと思っています。そして2つ目の空き缶拾いは、残念ながら達成出来ずに終わりました。また10年後に一人で行ってリベンジするとしよう。                

くわばら、くわばら。
                     
  1. 2008/07/10(木) 17:10:03|
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山歩き① 大菩薩嶺 2057m (奥秩父) 2008.6.2 (月)

実は昨年11月、某山岳会に入った。しかし、山岳会に山行計画書を提出して山へ1回も行っていないのです。4月に新人歓迎登山なるものを先輩のUさんが計画してくれたのですが、天気予報が悪く中止となってしまったので、今回が初めての正式な山歩き復活となったのでした。

午前3時45分に携帯のアラームで目覚める。4時過ぎに自宅を車で出発し、予定通り5時にUさんをピックアップし、向かったのは山梨県にある大菩薩嶺。
中央道をひた走り、予定より1時間程早く8時40分、登山口にある甲州市の無料駐車場に到着した。朝型人間なので午前中は元気なのだ。

IMGP6511.jpg登山道は、ブナ林の新緑と笹の緑が眼に優しい。登山口から20分程で山荘の福ちゃん荘に到着した。ここからは唐松尾根を登ったのだが、名前通り今度は唐松林に笹の組み合わせとなった。日帰り山行のため超軽荷なので足取りも軽く、これまた20分程で雷岩のある稜線に出た。ここは展望が開け360度の大パノラマ。曇っているのでぼんやりとしているが、正面に富士山が見え南アルプスらしき山並み

も右側に続いている。小休止の後、山頂に向けて歩き出すと、事前に調べた通り、5分程で展望の利かない、百名山の大菩薩嶺の頂に到着した。

IMGP6531.jpg山頂では記念撮影をして、すぐにまた雷岩まで戻った。そして、大菩薩峠に向けて、雷岩の上から続く登山道の稜線を歩き出した。今日は曇っていて、歩くのには絶好の日和と言える。なにせこの登山道は、展望は抜群なのだが日差しを遮る物は何もなく、天気の良かった昨日なら、さぞや暑かったであろう事が容易に想像された。
それにしても歩きやすい道だ。だからなのか出会った人は高齢の方が多く、その中のご婦人2人組みの人には、どちらから登ってきたのか聞かれたので唐松尾根からと答えると、お若いからと言われた。苦笑しながらUさんにこの事を言うと、私もよく言われるのよと。山登りは中高年のスポーツと言われて久しいが、山岳会同様に高年が中心になって来た事を実感したのです。



IMGP6539.jpgそして、ゆっくり30分程歩くと大菩薩峠に到着した。
でもまだ11時過ぎなので、行動食を食べたり、御影石で作られた方位版に書かれた山名で、ぼんやり見える山の名前を確認したりと20分程のんびりと過ごした。
この峠には、山小屋なのか土産物屋なのか分からないのだが、介山荘と言う立派な小屋があり、ここで子供の土産を買った後、表道を下った。でもこの登山道は介山荘の物資の

補給路でもあるらしく、タイヤ痕があるので林道とも言えるのだろうか。
20分程で行きとの分岐である福ちゃん荘に到着。ここからは登山道と平行している林道を歩いて車を止めた駐車場に12時過ぎに到着し、3時間半の山歩きは終了となりました。

IMGP6562.jpg予定より1時間程早く帰りの出発となったので、行きに寄った地元の雑貨屋さんでもらった甲州市の観光地図から、ワインの丘を発見し、ちょっと寄り道。本当に丘の上に建つ綺麗な建物の中に入ると地下にワインカーブがあり、大量のワインが棚に並んでいた。車の運転があるので試飲できないのは残念だったが、適当に赤2本と白2本のワインを購入し、帰宅後の楽しみになったのでした。

18時30分帰宅。
家を出たのが4時だから、14時間半の間に山の中にいたのは3時間半。と言うことは、10時間近く車の運転をしていた事になるのか。

今回、山歩き復帰の第1回目はとても楽な山行でしたが、夏のアルプス、秋の谷川岳を目指して、月1ペースで山歩きをして行きたいと思っています。

それから、一番美味しかったのは、白ワインの甲州でした。
  1. 2008/06/07(土) 19:27:27|
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Author:谷口 修司
愛知県名古屋市の楠ICの近くでクライミングジムをやっています。
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